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あの日から3年、震災からの復興について、自分の意見をまとめてみる

2014年03月10日 23:31

震災2日後の夜に吉里吉里に足を踏み入れ地元の惨状に衝撃を受けたことは今でも昨日のことのように思い出される。
直後の混乱期、自宅のある雫石と実家の吉里吉里を往復しながら考えた、自分にできることの1つ・・・このBlogで地元を離れて住んでいる人に状況を伝えること。そうして始めた更新。

大槌町吉里吉里レポート まとめ

写真や画像を多用し、客観的に、事実を記録することでいろいろなことを正確に伝えようと試みた。テレビ、ラジオじゃカバーする範囲が広すぎてローカルな情報は伝えきれない。そんなとき、地元から遠く離れて暮らしているが、地元がどうなっているか気が気ではない人に向けて発信するのは意味があることに違いない。それを伝えるために・・・

震災から1ヶ月くらい経ったころ、その意味合いも変わってきた。見てくださっている人の中には、地元に住んでいる人の割合がかなり多いということに気がついたから。避難所の手伝いをしている時だったり薪割りの作業を手伝っている時、はたまたカメラを持って歩いている時。いつも見てるよ〜とよく声をかけられたし、一番びっくりしたのは紫波の避難所に自分のBlog記事が印刷されて掲示されていたこと。そんなこともあって、更新する目的に、「吉里吉里に住んで復旧作業を頑張っている人たちの元気が出るようなものにしていこう」というのが加わった。

しかし、半年が経過し、次第に次の街をどう作っていくか?つまり復興計画を話し合う段階に来るとまた少しフェーズが変わってきた。復興にはビジョンが必要だが、このビジョンってやつを皆で方向性をすりあわせていくには非常に大きなエネルギーがいる。なぜなら、被災地の住民でも家が壊された人、そうでない人、家族を失った人、そうでない人・・・立場がさまざまなため、利害が対立することもしばしばだから。

そういった状況の変化の中、地域の人を勇気づけるスタンスだった自分のBlog記事の中で、例えば復興計画に関する話題で純粋な自分自身の意見を率直に述べることができなくなっていった。募る自分の思いと、それを表現しきれないもどかしさ。

地元の現場に足を運んでいろいろ見ていると、その都度考えることになるしさまざまな問題も見えてくる。たとえ今は地元に暮らしていないのだとしても、生まれ育ったこの街が今後どのように復興していくのか興味深いし、自分のこととして考え、自分の意見が生まれてくるのは自然なこと。しかしそれを素直に書き記すことがためらわれた。

これを書いたら一方では傷つく人がいるかもなあ、と・・・。

冷静になって思い返してみると・・・別にパブリックな存在でもなんでもない、たかがいちBlogで、俺はいったい何に遠慮していたのだろうか・・??

・・・

結論。そう、実は、単純に自分の意見を思い切って言うことにビビっていただけなんだ。表現することから逃げていただけだと今なら言える・・。別に津波が〜、とか、被災地が〜、とか、そういうのとはあまり関係ない自分の性格的な部分で、単純に自分の意見を包み隠さず書くということに対する恐怖。それがたまたま、意見が対立しやすい議論を取り上げようとした時に「ビビり」という形で発生したってだけだ。

そんなワケで、自分の意見を途中まで書いてみるも、公開していないBlog記事が何本かあったりする。そうこうしているうちに月日は流れ、あの地震と津波から3年・・。今は香港に暮らし、入手することができる情報は親から聞くのと新聞/ネットやSNSから得られるものが全て。地元に帰省できるのは年に1回と限られているけれど、だからこそこの時期はなおさらこれからの地元の動向に目を向け、考える機会にしたい。自分の意見の書かれたボツ記事を何本か見返しながら、改めて今の状況も絡めて考えてみる事にした。



ふう、こんな回りくどい説明をしないと意見の1つも言えないなんて・・・我ながらやれやれ、です。

つづく。


津波被災地のリアル・・・大槌町吉里吉里レポート まとめ
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