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あの日から3年、復興計画、街づくりの推進について思うこと

2014年03月11日 00:13

ここ数日、震災から3年が経つということもあって大槌/吉里吉里関連のサイトやBlogを見たり、情報を集めてみている。Facebookで地元から発信している友達の書き込みを見たり、Twitterからもいろいろと知ることができる。(まあこの時期に限らずフォローしている地元友人の情報は普段から目にする事は多いけど・・。)

前の記事に書いた通り、現時点の自分の考え、前から言いたかった事など思いつくままに書いてみようと思う。



●同じ被災地でも立場はそれぞれ。立場の違いからくる”遠慮”の話。
例えば・・・家が流された人の意見が強くなってしまう、みたいな。

家が残った人は家を失った人に比べれば余裕があるはずで、復興の音頭取りを含めてイニシアチブを取って動けるはずなのだが、こと長期的な復興のプラン作りやその推進過程では必ずしもそうできない心理というか、空気が働いているように見える。

ちょっと複雑なのだけれど、家が残った人は「残ってよかった」という安堵の気持ちとともに、家を失った人に対する負い目のような感情も抱いているケースがあるように感じた。

そこで、たとえば復興会議のような場で議論になった場合、
「家を失った人の意見を尊重しないわけにはいかない」
となる。

基本的なスタンスとして、このような立場に立った上で、率直な思いではなく遠慮がちな意見となってしまうことがある。

なぜなら自分たちは家が残っているから。

家がない人たちが一番大変なのだから、その意見を尊重してあげるべきだろう、等々。


例えば、家がない人たちから、「防潮堤は出来るだけ高く」という意見が出たとする。

それが仮に全体として、短期的ではなく将来にもわたって地域のためという視点で考えたときに間違った考えだったとしても、それが家を失った人(人たち)から出た意見である以上、反対の声を上げるのは容易なことではない。


逆に、家を失った人の何人かと話してみて感じたのは、

「家が残ったんだからもっと積極的に力を貸してくれてもいいのに」

という思いも持っているということだ。
これは、家が残っている人たちの遠慮がちな気持ちとは全く反対の思いを持っている、ということになる。


残った人→失った人の意見を尊重すべし
失った人→残った人がもっとがんばってよ

というような。

結局、余裕のない側の人がより疲弊してしまうような体勢は、全体によってあまりいいとは思えない。



実際には家の残った残らないでそのスタンスをきれいに分けることはできなく、さらにいろんな状況の人がいて事態はもうすこしややこしいかもしれない。けれど、お互いに遠慮しあってしまったために、長期的な視点がずれてしまうのはとてももったいないことだと思う。



このような心理的なバイアス?のようなものが働いていることを考慮に入れて、街づくりを考えなければならない。

そこで、第三者的な目を持って、ビジョンを提示することが求められると思う。
当事者だけの話し合いでは、絶対に利害関係が働き、うまくまとまらない場合が多いと思うから・・。


また、現在の復興計画の推進は、地元に住んでいる人の意見主体で進んでいる(当然のことだが)
しかし、実家は吉里吉里だが今は東京で働いていて、将来的には地元に戻りたいと考える人も当然ながらかなりの数がいると思う。その人たちへの情報提供は、今のところ親から聞く、以外は自らが関心をもって取りに行く(役場のHPを見る、新聞を読む、等)しかないのが実情。

復興の進め方に対する思いがあったとしても、それを表明する場がない。
そして、それを復興計画に反映できるようなしくみも当然ながらない。

それが、地元に対する思いを持っている人にとってはもどかしい部分だと感じている。



●復興のイニシアチブを取っているのは誰か?

親や友人の話を聞くかぎり、復興会議への参加年代、というか議論の中心は50代、60代が中心という印象。
これからより長い時間をすごすことになる若者、20代、30代の意見、声はしっかり届いているかな?

復興会議の場への参加率の悪さから関心がないように思われていることもあり、それはそれで問題だとは思うけれど、絶対的な人口自体も少ないことも考慮に入れるべきだと思う。なにより、より長く住む若者、自分の子供、孫のために住みよい町とするにはどうしたらよいか、という視点が必要と思う。利害じゃなく。

(たとえば、大きな防潮堤を作るべきかどうか。この議論に本質が現れていると思う。家を失った人が、同じ土地に家を建てたがるとする。そこで、それができるようにするには防潮堤が必要、こういう思考になってしまう。防波堤の効果は限定的なことは立証されており、それだけのコストをかける意味があるのかないのか、その議論になるはずのところが防潮堤ありきの考えに傾くのはおかしい。)

また、たくさんの立場からいろんな意見がでるようなタイプの問題については、(たとえば家を建てられない広大な面積の土地をどう利用するのか、等)いろんな意見のいいところを全て取り入れようとして中間的なものを採用した結果、どうにも収まりの悪いものになってしまう、という最悪の結末にならないよう、多数決的で中庸なものを選ぶのではなく、ビジョンを持った人間がある程度決断して選ぶ、というようなプロセスをとってほしい。(もちろん説明や議論は尽くすべきだが。)


●自分の意見

子供や孫、将来の世代にリスクを残さない方向の街づくりとする
防潮堤は巨大なものは反対!
本質的に防潮堤をはじめとする巨大建造物を作るということは、位置エネルギーを溜め込むという行為です。
それが崩れたときに大きな力を発生させるものを、わざわざコストをかけてためているということになる。
それに海が見えなくなるようなものを作ることは避けるべきと思う。

※防潮堤については関心があるのでもっと掘り下げて考えてみたい・・・
先日の朝日新聞の記事でも、規模を縮小する自治体がかなりの数で出て来たというのを目にした。
やはり震災から少し時間が経って冷静に考える余裕が出て来たためなのか・・。
いい傾向だとは思うが、この記事では具体的な地区名までは出ていないのでそこが気になる。

街の復興計画でも防潮堤の高さがどうなるのかが、一番最初に気になる部分でもある。

DSC08770.jpg





”海が見える”を前提とした街づくり
防災上の効用はもちろんのことです。 
でも海が見える町、ということの価値を、地元に住んでいる人たちはどれだけ理解しているだろうか。
これは逆に、他の場所に出稼ぎに出ていたりする人の方がピンと来ると思う。
東京から長い時間をかけてもどってきて、大槌から吉里吉里トンネルを抜けたときに目に飛び込んでくる海を見たときに感じる安堵感、このときに感じる気持ちが、地域へのリスペクトであり将来的な街の発展には決して無視できない要素となる。今の吉里吉里が団結力を保って活力を保持しているのも、海に対する誇りが残っているからなんじゃないかな?

本当に海が見えることを大事に考えてる?防潮堤含めた新しい街のビジョンがとても気になっている・・・
トンネルを抜けたら見える海の景色を残念なものに変えないでほしい。


写真は、復興計画の一部。海の見える街として景観は配慮されているようだ。実際はどうなるんだろう。見守るしか無いのかな。。

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”祭り”の早期復活を全力で。
祭りは地域をひとつにするので。絶対に必要。そのための支援は惜しみなく。それが文化を守るということ。
その際、変に商業的なものにならないでほしい。(まあ、あまり心配していないけど・・)
あまりに商業的にすると地元感が薄れ、参加してる感じが少なくなってしまう。

過去記事 吉里吉里祭り考



”はまゆりの復元に関するスタンス”
結論から言うと、”復元に賛成”

ただ、少し話しが出ていて立ち消えになったのか?最新の状況は把握していないけど、復元はアリだと思う。
というかぜひしてほしい。
理由は、「それを見ただけで津波の威力を知ることができるから。」

しかもこの効果は絶大だ。
いくら石碑を建てようと、ここまで波が来たと語り伝えようと、限界があることは知られているとおり。
今までだって石碑はそこかしこにあったのだから。

しかし、あのはまゆりがあの民宿の上に乗っかってしまうほどの出来事なのだ、というのはモニュメントを見れば一発で理解できます。復元コストとの兼ね合いにもよるだろうけど、それがあるというだけで津波の恐ろしさを想像でき、結果、次の大津波警報の時に救える命の数ということを考えれば、かなり有効な策であるように思われる・・。

それは大槌のみならず、東北沿岸、日本沿岸に住む人みんなに効果があることだと思う。
遺構遺産とはそういうものだからです。

建築物の話になるけれど、今でこそ新名所で騒がれている東京スカイツリー、あれも当初は不要論だらけだったらしい。シンボル的な構造物というのは、当初から必要に迫られてできるというだけのものでもないという好例かと。誰かの確固たるビジョンのもと、作られてみると、それが後から価値を生み出すことになる。はまゆりもそういう存在なんだと思う。

ここから先は若干不謹慎になるかもしれないけれど、将来的には観光名所にもなるでしょう。そのときに地域に落ちる経済効果も決して無視はできないくらいの影響力を持つのでは?そこで津波を忘れないような展示等もできればより効果的だと思うのだけれど・・。

関連記事 はまゆり解体について思う

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”ボランティアの気持ちを持つ人の力をうまく集める”
被災地に対する思いを寄せてくれる人がたくさんいることを、ボランティアで来てくれた人と知り合ったり、そしてSNS上からも知る事ができた。しかし、もう緊急事態も落ち着いたところでこれから何ができるのか、と思って体を動かせない人もたくさんいることもまた事実なんだと思う。

それを、気軽に、ハードル低く集められるような仕組みが作れるといいと思います。
その1つの好例が復活の薪プロジェクトであり、NPO吉里吉里国で募集している林業ボランティアでもありますが。
継続的に、ウェルカム!の姿勢でボランティアを受け入れられるように仕掛けていくことが大事かなあと。



津波で大きな被害を受けたけれど、地域再生という軸で考えるとこの機会は超大きなチャンス。
ボランティアがたくさん来て復興バブルだ、とかいうレベルではなく、継続して人をひきつけられるように何か一工夫あるか?ということ。

一例として紹介できるのが全国の過疎地域を中心に地域再生に取り組む集団、地域おこし協力隊の活動。
一度吉里吉里にボランティアで来てもらった時にメンバーが実家に泊まっていったご縁でその後もSNSでつながっていて活動拝見しています。岡山県美作市のMLATの皆さんでした。このメンバー達が個々に活躍する様子がすごい。舞台は田舎だけどやってることは最先端、誰かが言ってたけど、「生きのイイ奴らは田舎と被災地に集まる」。このような一連の活動を見習ったりすれば、面白いことを矢継ぎ早に立ち上げて、地域の再生につながっていくと思う。

で、被災地である地元に再び目を向けると・・・始めは外部の人間(要するによそ者)を投入して、だんだん地元のプレイヤーが育ってくることを期待する作戦もいいかもしれないけれど、それに対する支援と理解が必要と思います。
吉里吉里はNPO吉里吉里国が他地域からの支援を継続して受け入れる母体の役割を果たしていて、ビジョンも明確ですごくイイ感じなんじゃないかなと応援しています。
もっと足しげく通えるなら協力したい、アイデア出して自分も動きたい、そう思いながら、心はいつも応援しています。


一度ボランティアで訪れてくれた人は口をそろえて「吉里吉里いいとこだ」と言ってくれますが、そうやってファン層を拡大していくことが大事なんじゃないかな。

関連記事 吉里吉里国 復活の薪に集う人々


・・・


以上、あまりまとまらなかったけれど、書いてみました。

写真は、海が見える場所を探して歩き回ってみた、吉里吉里の風景。
あの日の出来事に思いをはせながら、3.11を過ごしたいと思います。


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