スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

津波被災地のリアル・・・岩手県大槌町レポート・ひょっこりひょうたん島の今

2011年09月20日 22:43

いつもレポートを続けている吉里吉里地区から少し行動範囲を広げて、同じ大槌町内のお隣の地区、赤浜へと足を運んだ。吉里吉里からはR45で一旦大槌の中心地方面へ行ってから迂回していく形よりも、旧道の山道を通って行った方が早い。5分くらいで行けるお隣の集落だ。ここも親戚の家や高校以来の親友・岡本君の家があったところで、彼の家も流されてしまい、やっと仮設に入ることができたとこの前連絡をもらっていたんだった。


ここには大槌の観光名所の一つでもある、蓬莱島がある。
何度か書いているけれど、この蓬莱島は「ひょっこりひょうたん島」のモデルになった島とされている。

大槌町は町おこしの一つとしてこのひょうたん島を使おうという機運があって、その一つとしてお昼の鐘の音はしばらく前から「ひょっこりひょうたん島」のテーマが使われている。
(都会に住む人からすれば信じられないかもしれないけれど、大槌町では朝6時、12時、そして夜6時と9時に時報代わりの音楽が流れていたのだ。夜9時はさすがに今は流れていなかった、かな。。)


原作者の井上ひさしさんは確かお母さんが岩手県沿岸部の出身だった関係で、この辺の地理には詳しかったとのことだ。小説「吉里吉里人」も、「ひょっこりひょうたん島」も、幼少の頃の体験が元になっているんだろうか・・・


そんな現在の蓬莱島の様子を紹介。
ぽっかりと海にうかぶひょうたん島。

ひょうたん島2


先端にあった灯台は、前にも紹介した通りポキっと折れている。また、てっぺんには小さなお社があり、鳥居も設けられていたけれど、鳥居の方は流されてしまった。

今回の注目すべきポイントは、写真で言うと先端の折れた灯台の少し右隣に備え付けられた新しい灯台。元の灯台も、大槌湾に出入りする船舶の誘導に重要な役割を果たしていたようで、ないと困るものだったんだろう、早速再建されている。これが「仮」の灯台なのか、それとも本設置なのかはわからないけれど、見た目的にはなんか、元の通りに島の先っぽに付けてもらえた方が見栄えがいいような気がするなあ。その点が少し残念な感じがしないでもない・・・まあ仕方ないのかな。


実は震災前は堤防でつながっていて歩いていくことができた蓬莱島。堤防や島には釣り人が釣り糸を垂れる絶好の海釣りポイントにもなっていた。しかし、ご覧の通り今は堤防が壊れていて、島まで歩いて行くことはできない。ただ、ぽっかり海に浮かぶその様子を眺めていると、なんだか「ひょっこりひょうたん島」のストーリーのとおり、ある日突然陸地につながれていたひょうたん島が離れて旅立って行くかのごとく「船出」してしまったかのよう。これはこれで「画になるかも」と思ったりもする。
(でもやっぱり行けた方がいいか・・・)




2008年当時のひょうたん島のフォトをいくつか掲載します。
釣り人のメッカでもあったひょうたん島とその岸壁。

ひょうたん島1

ひょうたん島2

今回の津波でも流出を免れたお社。ここも無事だったのは、やっぱりミステリーの一つ。

ひょうたん島お社


ひょうたん島へつながる堤防の岸側。奥の防波堤の後ろにある建物は、東大の海洋研究所だ。

東大研究所

僕はこの研究所で研究をされていた「佐藤克文さん」の著書を読んだことがある。

ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 (光文社新書)



陸の動物の研究は観察しやすい分、その生態が明らかになっているが、海洋生物のそれは未だ持って謎が多い、ということ。電波も光も届かない海中で、どのようにして生態を探るのか。それが「データロガー」という装置を動物(たとえばペンギン)の体にくくり付け、自由に泳いでもらった後に回収して行動記録を調べること。
これらの研究から、従来常識と思われていた定説を次々と覆していく様子は見ていてとても興味をそそられる。登場する動物もペンギン、鯨からウミガメまで。著者の軽妙な語り口につい引き込まれてしまい、南極でアザラシにロガーをつけようと奮闘する描写には、まるでその場にいるかのように想像してしまう。とても楽しく、最先端の海洋生物の生態を知ることができる一冊。

少しだけ引用。
今からおよそ100年前のイギリス。ある日の新聞に、南極点を目指す冒険家を募集した求人広告が掲載された。

求む男子
至難の旅 わずかな報酬
極寒 暗黒の長い日々
耐えざる危険 生還の保証無し

ただし、成功の暁には、名誉と賞賛を得る



この文章はシャックルトンという冒険家が掲載したものだが、この冒険心をかき立てる名言にしびれた若者が5000人も集まったそうだ。佐藤さんの元で研究に励む若者の生態をおもしろおかしく書くことも多い佐藤さんだが、若者の根本的な気質は100年前と変わっていないとも。
この文言になぞらえて、最後に佐藤さんはこんな言葉を投げかける。

求む男女
ケータイ圏外 わずかな報酬
極貧 失敗の日々
耐えざるプレッシャー 就職の保証無し

ただし、成功の暁には、知的興奮を得る



うーん刺激的じゃないか。もしこの本を高校生の時に通読していたなら、今頃は南極の氷の上でペンギンにロガーを付けるべく、糞にまみれながら追っかけ回していたかもしれないなあ、なんて。。。



ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 (光文社新書)ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 (光文社新書)
(2007/08)
佐藤 克文

商品詳細を見る



・・・

おっと、ひょうたん島について書いていたつもりが思わぬ脱線をしてしまったけれど、この東大の施設も大きな被害を受けて、一時的にこの地から撤退せざるをえない現状がこちらのサイトで語られていた。

http://www.icrc.ori.u-tokyo.ac.jp/kSatoHP/

この施設は年に1回、公開見学会があったと記憶している。著者の佐藤さんにお会いしてみたくって、気にかけていたからよく覚えている。結局、そのチャンスをものにできずに今に至るのだけれど、いつかまたこの地で研究が再開されることを願っています。



・・・


岸壁に目をやると、地盤沈下対策として土嚢が積まれ、さらに本格的なかさ上げのための工事が進んでいるようだ。漁船も奥に何艘か戻ってきており、復活の兆しが見える。やっぱり船あっての「港」の風景だ。

土嚢




この線路は地震で地盤沈下したけれどひょうたん島まで電車が通ってたんですよ。
というのは「そうだったら面白いな」くらいな感じで今思いついたくらいの妄想で(笑)造船所の進水する際に使用する線路。

造船所



震災後、観光船「はまゆり」が民宿の屋根に打ち上げられて話題となっていたけれど、ここが点検用の設備置き場だったのだ。

あの大きいはまゆりは、防波堤を乗り越えてさらに奥の民宿の上に回転しながら収まった、という話。防波堤は宮古市田老地区の「万里の長城」には及ばないものの近くで見ると相当に頑丈そうで大きく見えるけれど、それを津波は軽々乗り越えて一面”海”状態になったのだから、恐ろしいことだと思う。

鳥居


何トンもある鉄の防波堤の門も流されてしまうくらいのパワーなのだから、想像も付かない・・。

水門



ガレキがほとんどなくなりつつある今、風化させないためのモニュメントとして、やっぱり残した方がよかったのではないかな、と、ここに来る度に思う・・。

鳥居とはまゆり

※最後の3枚のフォトは、5月当時の写真です。今ははまゆりは撤去されて、下の民宿の骨組みが残るのみです。


関連記事
はまゆり解体に思う
7/3大槌町復興支援ライブのお知らせ(ひょっこりJAZZ祭の思い出等)
関連記事
スポンサーサイト


コメント

  1. まこ URL anR2QAtc

    Re:津波被災地のリアル・・・岩手県大槌町レポート・ひょっこりひょうたん島の今

    2年前のお盆前にこの「町」へボランティアで行きました。

     山の斜面の墓地の整備でした。

     お昼休みにひとときのんびりしているとひょっこりひょうたん島の歌が聞こえてきて、なんだか亡羊とした気分になった記憶があります。

     子どものころ聞いたときの自分の生活と時間の流れ、そしていま、間の前にある時間と風景。

     墓地の松まで、幹を焦がした火炎のおそろしさ。

     またお盆がやってきます。

     心の中にいろいろな出来事への気持ちを織り込んで、また人々が静かに集う
     のだろうな・・・。
     

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://gaahaa.blog26.fc2.com/tb.php/155-c35a82ca
この記事へのトラックバック


最新記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。